人間力を高める 一般社団法人 人間塾


vol.81「托鉢」

「下座行とは、その人の真の価値よりも、
二、三段下がった位置に身を置いて、
しかもそれが「行」と言われる以上、
いわゆる落伍者というのではなくて、
その地位に安んじて、わが身の修養に励むことを言う。」
by 森 信三

私の実家は名古屋にある西山浄土宗のお寺です。
小学校に入る前からお寺のお手伝いをし始め、
小学生の時に、得度を受け、仏道に入りました。
父親の弟子となった私は、
毎朝の掃除や学校が休みの日は兄と一緒に檀家さんへお参りに行ったり、
お盆や彼岸の行事の手伝いをしていました。

また、私の実家では、毎年1月末から2月上旬にかけて「托鉢」をしていました。
初めて「托鉢」をする夜のこと、師匠である父にこんなことを言われました。

「いいか。黙って歩き、家の前でお経を唱えるだけ。
家の方が布施をしていただけるものは有難く受け取ればいい。
托鉢をする自分たちは乞食なんだ。
だから誰にも声をかけてはいけないし、
話しかけられても絶対に返事をしてはいけないんだぞ。」と。

格好は衣姿に藁ぞうり。
笠をかぶっているから誰かも判らない。
冬の夜に2時間も3時間も歩いていると足の感覚がなくなり
ただただ必死に父親の背中を追っているだけでした。

普段、休みの日に檀家さんの家に行くと「よく来てくれたねぇ。」
と温かく迎え入れてくれ、
お経を読み終わると、お茶やお菓子を出してくれる。
しかし托鉢となると、たまに布施をしてくれる家もありましたが、
ほとんどの家は誰も出てきてはくれません。
お店の前でお経を読んでいると、いきなりシャッターを閉められることもありました。

ある年の托鉢が終わった日、父親と夕食をとっていたときに
父親からこんなことを言われました。
「僧侶になると周りの人たちがとても大切に扱ってくれる。
それはとても有難いことではあるけど、
「偉くなった」と勘違いをしてしまうんだ。
僧侶は決して偉い人なんかじゃないんだ。
毎日汗水流して働いている人たちの方がずっと偉いんだぞ。
そのことを忘れないためにも「托鉢」をするんだ。
「托鉢」をする姿が私たちの真の姿なんだ。
そのことを忘れるんじゃないぞ。」

私自身、今でもいつの間にか自分が偉くなったように感じてしまうことがあります。
そんな時、この言葉を思い出してわが身を振り返るようにしています。

筆者:一般社団法人 人間塾
人生学認定講師 山田 隆任(やまだ たかとお)
http://www.ningenjuku.net/qualified-list/
発行人: 一般社団法人 人間塾 代表理事 小倉 広(おぐらひろし)
http://www.ningenjuku.net/company/

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編集後記

認定講師の山田隆任です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
セミナー講師をしていると「先生」と呼ばれることがあります。
まだまだ人として出来ていない自分はつい嬉しく思ってしまうのですが、
そんな時、この「下座行」を思い出しています。


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